むかつく言葉

言葉は我々を自由にし、また同時に言葉は我々を束縛します。そのアンビバレンツこそが言葉の持つ素晴らしい豊かさだと思うのです。日本語が読み書き出来る、その喜びを私は皆さんと共有したいのです。
有史この方いかなる方法でも、日本語の持つ雄大さと奇妙さはとても言い表せるものではありませんでした。その本質を見つけたと思えば朝霧のように跡形もなく消え、その芯を掴んだと思えば手からこぼれ落ちるのです。
が、ここで私はこの途方もなく無謀な試みに挑んでみるつもりなのであります。このページでは日本語について真正面から真摯に考え、皆さんとディスカッションしていこうと考えています。

ただ、その前にひとつだけ許せない日本語について話す。

 

 

こいつだけは許せん。こんなむかつく言葉はない。

マジちょづくなよ????タイマンやるかオイ????

 

立て板に水

立てかけてある板に水を流すように、すらすらとしゃべることのたとえ。

 

当たり前のこと言うなって。だいたいのもんは流れてくだろ、水。

モバイルバッテリーでも小向美奈子でもH鋼でも、なんだっていいけど上から水かけ続ければ気持ちよく下に流れる。こんなの自明のことだろ。ふざけんな。

ことわざってもっとこう、気の利いたこと言わないですか普通。故事が由来のとかさ。「死せる孔明、生ける仲達を走らす」みたいなカッコイイやつ。いや別に語源がなくても、もうちょい何かしらのエスプリが利いてるでしょ。板に水が流れるて。言い出したやつの人生、刺激少なすぎ。マイケル・ベイの映画観せたら小便漏らして死んじゃうよ、こんなやつ。

こんなもん後世に残していい言葉じゃないのよ絶対。

加えて、ことわざなのか慣用句なのか判断がつかないものおぞましい。どっちつかずの優柔不断クソ。いちご100%の真中淳平気取ってんのか?

あと目的が分からないのも嫌。誰が何のために立てかけた板に水をかけんのよ?めちゃめちゃ当たり前のこと言ってんのに、やってることの道理の通らなさが怖い。

もし母親がいきなり板を立てかけて水をかけ始めたら、落ち着かせるために暖かいココアを飲ませて、すぐにカウンセリングに連れて行く。そして待合室のソファーで自分の不甲斐なさに打ちひしがれて、さめざめと泣く。

 

ただ水に関しては自然現象の可能性もある。雨が降ってるとかね。なるほどね。このほうが合理的な解釈に聞こえるな。

 

だからなに?

 

どっちにしたって「板に水が流れてるね」以外の感想はない。これを見て「スラスラとよどみなく喋るやつ」との共通項は見出せない。

例え下手リンピック金メダリスト。アンタが大将だよ、好きにしてくれ。感性が終わってるか、感性がセンシティブすぎるか、何にせよさっぱりピンとこない。

板に水が流れるっていうエピソードがクソつまんないのに、そこから導き出された結論も輪をかけてクソ。

だれも言ってあげないから、いまだにでけえ態度とってるけど本当は実力0のゲボカス老害。京都のいろはかるたに掲載されただけの一発屋。近所の子供に虚飾まみれの武勇伝ばっか話してくる爺。

あと「立て板」って当然の顔して登場してるけど、聞いたことないから。

なんなの?

「立てかけてある板」=「立て板」なのは分かる。そんぐらい分かる。問題なのは、さも「一般名詞です」みたいな感じでいきなり来る図々しさ。そんなん言い出したらなんでもありだろ。じゃあ「シコってるチンコ」は「シコチン」なのか?オイ。

 

 

 

いや「シコってるチンコ」は「シコチン」でいいな。むしろそれはいいと思う。

 

じゃあそれでいいよ。はい、もうこの話は終わり。みんな帰ってくれ。

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