悩みのマトリョーシカ

悩むことが多い。

加えて自分の力ではどうすることの出来ない悩みが多い。どうすることも出来ないので、どうもしないのが正しいのだが、そうもできない。忘れる、逃避する、大した問題ではないと自己の精神の捉え方を変える、いろんな対処法があるがそのどれもできない。どうしても不安に思わずにいられず、ついそのことを考えてしまう。でも、その時間はまるまる無駄だし、楽しくないし、眠れなくなったりするし、いいことはひとつもない。自分の中でぐるぐる周回するだけで、何処にも辿り着かない。悩みは保留のまま、生活は続行される。そうこうしていると、結局悩みは解決もせず、消滅もせず、自分の中にうっすらと残留し続ける。何年も前の手術痕みたいに、たまに思い出したりさすったりする。

これは健康に良くないと思う。自覚はあるので努めて考えないようするが、そのことを意識すればするほど、引き剥がすことが困難になってくる。悩むのをやめないと、と自分に言い聞かせる。言い聞かせること自体が悩みを想起させる原因になる。あああ、と思う。

こうなってくると問題なのは、現状の苦しみは当初の悩みと全く関係がない、ということだ。「悩みに対して、思い悩んでしまう」ことに悩んでいる状態になってしまっているのだ。上手く説明できないから図を作った。下記参照。

図にするほどのものでもなかった。でも、こうして文字と図にして説明すると腑に落ちるような気持ちでちょっと落ち着きますね。

でも待ってほしいこれって上記の構図が「悩み」であるなら、最初の状態に戻ってしまう循環構造にならないですか?

 

 

そして当然これも悩みだから、

こうなる。火の鳥 未来編ってこういう感じだった気がする。

こうなったらいっそのこと、悩みに悩みをどんどん重ねていけばいい。そうしているうちに本来の悩みは、悩みの層に阻まれて見えなくなって、どうだってよくなるかもしれない。マトリョーシカの一番小さい人形のように、取るに足らない小さなサイズになってくれるんじゃないだろうか。

 

 

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